タイ骨董日記

タイ、ベトナム、東南アジア初期ヒンドゥー美術、仏教美術、お守り・プラクルアン情報。東南アジア在住 Copyright (C) 2006-2026 thaikottou. All Rights Reserved.

ハリプンチャイ王国の塼仏(ランプーン県)

この塼仏は20数年前にランプーン県の方に譲ってもらったハリプンチャイ様式の貴重な型の塼仏です。以来ケースを作って大切に保管しています。先日久しぶりにご開帳しました。

10倍ルーペの大きさからこの塼仏がかなり大きなものだと分かると思います。下の写真は文献に掲載されているハリプンチャイの塼仏の写真と並べて撮ったものです。いずれも繊細なハリプンチャイ様式の型で仏像部分のみを比較するとスタイルが非常によく似ていることが分かります。

下のハリプンチャイ仏頭部(テラコッタ製)もかなり以前に手に入れたものです。手のひら弱の大きさで状態はかなり良いものです。

塼仏の頭部部分を拡大して2点を比較してみました。

塼仏の頭部部分はおよそ2センチぼどですが、大型の仏像頭部(右側)と比べてもみてもハリプンチャイ美術の顔の特徴(目、口、輪郭等)がよく表現されています。

私は偽物ではこのような美術様式の再現は不可能だと思います。年代的にはテラコッタ仏頭部は11〜12世紀、塼仏は中部ロッブリー美術の影響を受けたハリプンチャイ末期 12〜13世紀頃のものだと思います。

ドヴァーラヴァティー立像塼仏(マハーサーラカーム出土)

今週はもう一点入手しました。上半身の残欠ですが材質感がよく、顔の表情もうっすらと見えます。光背やフラットな胸部、スリムな体型(スタイル)などドヴァーラヴァティーの特徴的な美術様式がひと目でわかります。

斜めと裏面です。シルエットや耳の形状等からもドヴァーラヴァティー期の美術様式が確認できます。

下の写真は数ヶ月前に入手したもので7月初めにタイ東北部ナコーンラーチャシーマーで開催されたお守りコンテストに出品した同出土地の塼仏片です。

並べて比較してみました。表面の状態は異なりますが同じ土で同じ金型から作られた同型の塼仏です。

古い文献にも掲載されています。右下の写真です。ナードゥン郡の南東、スリン県との県境に近い古代都市跡から出土したものです。

同型の下半身部分の残欠です。

先日のコンテストの記事にも関連する写真を掲載していますので参考にリンクを貼り付けておきます。https://thaikottou.hatenablog.com/entry/20260707/1783431559

 

クベーラ神塼仏(スパンブリー出土)

2026年8月2日更新(写真追加)

久しぶりに貴重なクベーラ神の塼仏を手に入れました。この型は約20年ぶりです。見ての通りかなり破損していますが、とても迫力があります。

堂々としたクベーラ神の体型です。両耳に大きなイヤリングをつけています。

分厚い塼仏でもう片側はラクシュミー神です。かなり破損していますが輪郭が残っています。左下に象の胴体と足が見えます。

この塼仏はタイ中部ドヴァーラヴァティー王国の古代都市跡周辺で発見されており、ロッブリー県のナーラーイ国立博物館やチャンセン博物館(ナコンサワン県)にも展示されています。下はナーラーイ国立博物館の展示です。今回手に入れたクベーラ神はスパンブリー県で出土したものです。

写真上の左下の塼仏が今回入手したものと同型の塼仏です。アップで撮影した写真です。

写真を並べて比較しました。同型と分かります。

下はナーラーイ国立博物館の同展示品がバンコク国立博物館の特別展に出品・展示されていた際に撮影しておいた側面の写真を使用して2点を比較してみました。

側面の比較も一致。

次の写真は昨年カンボジア南部タケオ州のアンコールボレイ博物館で撮影したクベーラ神像残欠(テラコッタ製)です。こちらは塼仏ではありませんが美術様式がよく似ています。年代も近いと思います。

出土時以前からの破損はあるもののテラコッタの色や材質感が良く、出土時の土も残ったままの状態でとても勉強になりました。年代的には8世紀頃ごろのものです。以前記事にした同型の塼仏についてのリンクを貼り付けておきます。https://thaikottou.hatenablog.com/entry/2020/04/15/013511<追記>2026年8月2日 20年前に手に入れたコレクションと写真を並べてみました。同型と分かります。テラコッタの材質感も似ています。ロッブリーとは少し離れていますが2点はおそらく元々は同じ場所で同じ原料(土)作られたものではないかと思います。

世界遺産登録ワット プラマハータート ウォラマハーウィハーン寺院(ナコーンシータマラート)

今日、奈良の「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に登録されたとニュースがありましたが、タイの世界遺産にも昨日新たにタイ南部ナコーンシータマラートの大仏塔のある寺院ワット プラマハータート ウォラマハーウィハーンが登録されたと速報があり、SNSではそれを祝うたくさんの投稿がありました。タイ南部では最初の世界遺産でもあり、特にナコーンシータマラートの住民にとってはうれしいニュースだとと思います。私もちょうど3月下旬に行ってきましたのでその時の写真をアップしておきたいと思います。ナコーンにはコロナの時期(2020年7月)にも行ったのでナコーンシータマラート国立博物館の記事は既に書いています。今回は朝一でソンクラーを出発し、ナコーン到着後に再度国立博物館を見学しました。その後、少し遠かったですが、ナコーンシータマラート国立博物館からバックパックを担いだまま歩いて仏塔を見に行きました。

やっと着きました。

この大仏塔ですが上部には遊行仏(訂正:お弟子像)が両手を合わせて祈りを捧げています。仏塔周りを巡礼している姿のようです。望遠レンズで撮影しました。

では敷地内に入り、仏塔に隣接する入口に向かいます。

建物の内部です。前回2020年に来た時は閉まっていましたが、今回は仏塔の真下に向かう階段上の扉が開いていました。

ここを登っていきます。

ここが大仏塔に最も近い場所です。

真下から撮影した仏塔の先端部です。

少し離れてズームで撮った先端部分です。

一周してまた階段から下界におります。

敷地内の少し離れたところから仏塔を撮影しました。

 

なかなかいい感じで遊行仏(訂正:祈りを捧げるお弟子像)を眺めることができます。このお弟子像の装飾はアユタヤ時代の修復時に作られたと考えられているようです。

実はこの世界遺産に登録された通称ワット プラマハータート寺院敷地内にも博物館がありレベルの高い展示品を拝むことができます。

この博物館もコロナ禍の時は閉まっていましたが今回やっと入れました。内部は撮影禁止ですが少し写真をアップします。タイ最初期(5〜6世紀)頃のヴィシュヌ神象や

ドヴァーラヴァティー期のもの

貴重な初期のブロンズ像等、文献に掲載されているかなり重要な仏像、神像が展示、保管されています。

タイ南部の各時代の一級品。

もう一方の部屋は宝物庫(撮影禁止)です。ふ。

金、銀製仏が納められています。

最後に2020年7月に撮影した仏塔の写真です。晴れた日にはこのように美しい写真が撮れます。

その後、シヴァ像祠とヴィシュヌ像祠を見学しホテルに向かいました。ヒンドゥー美術、仏教美術、そしてイスラム教が共存するナコーンシータマラートは奥深い街です。

後日、この記事に少し追記します。参考に以前書いたナコーンシータマラート国立博物館の記事を貼り付けておきます。https://thaikottou.hatenablog.com/entry/2020/07/12/000502

タイルー族の故郷ムアンヨーン(シャン州)

久しぶりこの写真をアップします。2014年10月にはじめてミャンマーシャン州のムアンヨーンを訪れた時に撮った写真です。気に入っていた写真で以前長い間(9年ほど)ブログのヘッダー写真につかっていました。その後現在のアンザン省クメール族の村の写真(写真上)に変更して2年半ほど経ちます。

久しぶりにこの写真にアップした訳は、先日、タイのデパート内のコーナーでミャンマー・シャン州チェントゥン(チャイントン)の風景をテーマにした小さな絵画展が催されていて眺めていましたら、その中に下の水彩画を見つけたからです。

写真とほぼ同じ構図のムアンヨーンの町のメインストリートの画です。まっすぐ進んだ突き当たりはワット・ホアクアン寺院です。

本堂のご本尊の前には素晴らしいランナー時代の青銅仏が祀られています。チェンセーン・ファン様式に似ており16世紀頃のものだと思います。

もう12年前ですが、ムアンヨーンに到着した日は運良くオークパンサー(出安居)の前日で夜はムアンヨーン中心部の寺院で出安居を祝うお祭りを見ることが出来ました。

翌日はムアンヨーン周辺の村の寺院でオークパンサーを祝う行事を見てまわりました。

ムアンヨーンは中国側の西双版納(タイ族自治州)から移り住んだタイルー族の町でムアンヨーン周辺には小さな村が点在しています。

当時タイ北部メーサイの国境からタキレック(タチレク)に入り、ムアンヨーンには2度行きました。山頂の仏塔プラタートルアン・チョムヨーンや周辺の村等いろいろと行き写真を撮りましたが今の携帯に当時の写真はほとんど入っていないので以上です。

またいつか行ければと思っています。X(旧Twitter)の方のヘッダー写真は先ほどムアンヨーンの写真に変更しました。https://x.com/thaikottou

ランナー木製仏(タイルー様式)

2026年8月10日更新(写真追加)

先日、もう1点タイ北部ランナー木製仏を手に入れました。こちらもナーン県から来たものです。台座は欠損していますが迫力ある像です。顔の表情(形状)が特徴的で威厳に満ち、優しい雰囲気も感じます。元オーナーによると仏像の由来歴(言い伝え)はもともとチャオ・スモン(19世紀初めのナーンの君主)所有の寺院から来たとのこと。タイルー様式だと思います。

下はナーン県北部にあるワット ノーンブア寺院(タイルー族の寺)本堂のご本尊です。

手前には大型の木製仏が祀られています。

写真を並べて比較してみました。全体的なスタイルやバランスは似ています。顔の違いは仏像のモデルによるものだと思います。この2体の仏像を例えると左側は若い王子、右側はその父親(王)がモデルになったと言ってもいいかもしれません。

次はパヤオ県チェンカム郡にあるワット セーンムアンマー寺院の写真です。約8年半前(2018年)に行った際に撮影した写真です。ここもタイルー族の寺です。

このご本尊と比較してみました。

ご本尊は衣を着ているので顔だけの比較になりますが美術様式は近いと思います。この寺院の敷地内にタイルー文化の展示室(博物館)があります。

ここに素晴らしい木製仏が展示されています。

左下を拡大した写真です。

左下の木製仏と比較した写真です。バランスや雰囲気が結構似ていると思います。

由来通りであれば手に入れた仏像の年代は19世紀初めごろのものだと思います。いずれ台座をつけて自立できるようにするつもりです。チェンカム郡ワット セーンムアンマー寺院の展示室は以前記事にしているのでリンクを貼り付けておきます。木製仏と共に展示されているチェンカム郡で出土したチェンセン・パヤオ様式の石仏や青銅仏の頭部等の残欠の写真も載せています。https://thaikottou.hatenablog.com/entry/2018/01/28/215111

最近ナーンのものと縁があるのでまた行けたらとおもっています。遠いですけど。ふー。

<追記>2026年7月28日 2016年にラオス北部ルアンナムターからバイクで中国国境に近いムアンシンまで行った時に撮影した寺院内部の仏像です。この付近もタイルー族が西双版納から移住してきた街だと思います。今回入手した木製仏に雰囲気がよく似ています。参考まで。

<追記>2026年8月10日 台座が完成しました。ほぼイメージ通り出来たが若干傾きがあったので厚紙を台座裏に貼り付けて調整した。台座屋に直接行くと丸一日以上かかるので今回はものを送って写真や図面も書いて説明したがやはりなかなか簡単ではないです。

チェンセーン青銅仏 ナーン様式

チェンセーン・ナーン様式の青銅仏を手に入れました。高さが9センチほどの小型の青銅仏ですがとても存在感があります。

いい表情をしています。首が少し長く、スタイルなども女性的な美しさを感じる像です。材質は黒いパティーナに覆われたブロンズで台座内側以外はソリッドなのでズッシリと重さがあります。

台座には古代ランナー文字が刻まれています。青銅の表面の質感が素晴らしい。

なかなかないものだと思います。年代は17世紀後半〜18世紀頃か?優美なアユタヤ美術の影響も受けているようにも見えます。もう少し追究していきたいと思っています。

お守り、仏像コンテスト(2026年 7月 5日・ナコーンラーチャシーマー)

2026年7月21日更新(写真追加)

約2年ぶり、本当に久しぶりにお守りコンテストに行ってきました。場所はナコーンラーチャシーマー(コラート)です。バンコクからはバスで約4時間ほどのタイ東北部(イサーン)の玄関口と言われる大都市です。久しぶりにきました。今回このコンテストに来た理由は今年入手したドヴァーラヴァティー期塼仏の出品項目にあったからです。ということでがんばっていってきました。

日曜日ですがかなりの人です。土曜日はこれ以上の人だったようです。

ますば有名目利きのプラクルアン展示コーナーに行きました。重鎮のトイ氏とサマーン氏2名の雲上級のお守りコレクションです。

大盛況でした。

私もじっくり見たり、写真を撮ってきました。下はプラ・スンコーです。

プラロート・ワットマハーワン、

プラルアン・ユーン(宝冠立像)です。

次は東北部出土のドヴァーラヴァティー期の塼仏コーナーです。マハーサラカム県やコンケン県からこられた有名目利きらのコレクションです。下の写真はナードゥン出土の塼仏の完品で、しかも衣部分に当時の朱色の塗料が塗られている貴重なものです。

マハーサラカム、ロイエット、ナコーンラーチャシーマー県出土のドヴァーラヴァティー時代のナーガ仏の塼仏コレクションです。

下は大型の塼仏の完品に近いものです。

下はナードゥン出土の大型の立像の塼仏です。とても貴重な型です。私も頭部周りの残欠をもっています。

下の立像の塼仏も同じマハーサラカム県出土のものですが、ナードゥン郡の南側、ブリラム県、スリン県の県境に近い古代エリアから出土した塼仏です。今回私はこの塼仏の上半身残欠を出品しました。

会場に出展していたステンレス製のケース屋です。なかなか質が良かったのでいつか利用したい店です。

仏像のコンテスト出品ブース前で人だかりが出来ていました。

見に行くとこの2メートル超の木製仏を出品する方がいました。項目にないということで受け付けられていませんでした。審査員たちも苦笑いしていました。

出品は14時に締め切られ、その後審査が始まり、早い部門ではお守り返却は15時から少しずつ始まります。写真下は審査員らによるお守りの審査の風景です。

審査後のお守り、仏像の返却(結果発表)です。

ということで私の塼仏は無事2位をもらい、約2ヶ月後ぐらいに入賞証明書が発行される予定です。このドヴァーラヴァティー期の大型の立像の塼仏は出土した枚数が本当に少ない塼仏でそのおかげで上半身残欠でも無事入賞することが出来ました。その下の写真は参考ですが同出土地同型の下半身部の塼仏残欠です。

出品したお守り、仏像はだいたい夕方16時すぎには返却が終わりますが、バンコクや首都圏のより規模の大きな大会では17時頃までかかるので他県から来られた方はコンテスト当日中に帰宅が間に合わない場合があります。仏像、お守りコンテストに項目のあるお守り、仏像の場合、コンテストに出品し入賞するともらえる証明書はとても魅力的です。しかしコンテストの実施場所にもよりますがこのように最低でも丸一日〜2、3日(前泊や当日帰りのバスや飛行機がなく宿泊した場合)の時間や労力を要します。それらを考慮してもコンテストの入賞証明書はとても価値あるものたと思います。数えてみたら2015年から今回のコンテストまでを含め合計41回コンテストに参加していました。またいつかタイミングが合えばと思っています。以前、証明書について書いた記事のリンクを貼りつけておきます。参考にしてください。https://thaikottou.hatenablog.com/entry/2018/07/16/163923<追記>2026年7月8日 今回出品したのは上半身残欠ですが同型の下半身残欠(写真下)を博物館展示品と比較してみました。

写真下は昨年、ナコーンラーチャシーマー県 ワット タンマチャク セーマーラーム寺院のドヴァーラヴァティー時代の涅槃仏土台下から出土した遺物一式です。現在ピマーイ国立博物館に展示されています。

その中に立像下半身残欠の銀製プレートがあります。

マハーサラカム県出土の下半身の写真と並べて比較してみましたが美術様式はとてもよく似ています。年代も博物館に記述されている8〜10世紀(銀製プレート)とほぼ同時期のもので間違いないと思います。以上

<追記>2026年7月9日 この出土地のものは本当に少なく残欠だけでも貴重なものです。写真下は同出土地同型の頭部+光背の残欠ですが運良く昨年コンケンのコンテストで1位になっています。コンテスト出品の常連コレクターが状態の良いコレクションを出品しなかったのでしょう。頭部残欠でも入賞証明書が発行されています。貴重なドヴァーラヴァティー期 9世紀前後の塼仏です。これだけでも材質等かなり勉強できます。

<追記>2026年7月13日 こちらもピマーイ国立博物館に展示されている昨年同県のワット タンマチャク セーマーラーム寺院のドヴァーラヴァティー時代の涅槃仏土台下から出土した銀製プレートです。

上の実物の写真より見やすい写真が下です。

そしてこちらも同県出土のブロンズ製のプレートです。サイズは結構あります。

2点の写真を並べて比較してみたものです。材質、型は異なりますが美術様式は近く、足の表現等もよく似ています。参考まで。

<追記>2026年7月21日 下はバンコク国立博物館に展示されている大型のドヴァーラヴァティー青銅仏(写真右側、8〜9世紀)です。この青銅仏と塼仏の写真を並べて比較してみました。

美術様式はよく似ています。年代も近いものです。参考まで。

 

ナムディン省博物館(現ニンビン省)

ホアルー(ニンビン省)滞在後に列車でナムディンに来ました。以前よりベトナム北部への旅の目的の1つに紅河デルタと呼ばれるハノイ周辺の経済都市を回ることを念頭にしてました。ハノイ市、ハイフォン市、今回はニンビンと次に目指したのがナムディン市です。昨年ナムディン省は省統合されニンビン省なりました。ナムディンは海までも遠くないので今回は海と博物館を見にきました。このナムディン省博物館(現ニンビン省博物館)ですが期待していた以上に素晴らしい博物館だったので記事にします。

まずは先史時代の土器、石器、鉄器からはじまります。

土器です。

その次の大部屋からが有史時代なのですが、ここに驚かされる展示品がありました。

ここに一点のみナムディン省で発見された唐様式(9世紀)と記載された仏像(石製)がありました。北部ベトナムでこのような古い時代のものが拝めるとは思いませんでした。素晴らしい像でおそらくですがアンコール・ボレイ様式(プレアンコール期 7〜8世紀)のものではないかと思います。いいものを見せてもらいました。

次は11〜13世紀頃(李朝時代)のコーナーです。

まずは中央の大型の石仏(李朝時代、12世紀)です。ベトナムの国宝です。

お顔はタイ北部の同時期頃のハリプンチャイ期の仏像とも共通するものがあります。

台座の蓮の葉部分には龍の細かく彫られています。

同時代のテラコッタ製の彫刻品

こちらも同時代(12世紀)のもので国宝です。

クメール様式のアプサラにも似ていますが顔は異なります。おそらく同時期頃のチャンパ美術の影響を受けていると思います。

次は陳朝(13世紀〜14世紀)のコーナーです。

この龍の彫刻の扉(木製)も同時代13世紀のものです。

踊り子の木製彫刻 13世紀〜14世紀です。

同時期の皿です。

次はレ・ロイ朝(15世紀〜16世紀)の部屋です。

この龍の壺、カッコいいですね。14〜15世紀

16世紀

17世紀後半〜18世紀。木製彫刻。同時のタイ、ビルマにも共通する美術ですね。

大きな博物館で3階建てです。展示品も多く本当に素晴らしい博物館です。ベトナム北部ではハノイの国立歴史博物館(改装中)に次ぐレベルでおすすめです。

夕方のナムディン中心部のヴィスエン湖周りの公園です。

ナムディンは牛肉フォーの発祥の地です。

別の日仁ナムディン市内から40キロほど離れた海岸沿いにバイクで行ってみました。そこに古びた教会跡(観光スポット)がありその周りにシーフードレストランが集まっています。

なかなか雰囲気のいいところでした。

2026年上半期は記事はこれで終わりです。

胡朝の城塞(タインホア省)

先週、ベトナム北部に行ってきました。今回の目的は世界遺産の胡朝の城塞(ホー王朝の城塞)に行くことです。14世紀末に完成した石造りの城塞です。まずはハノイ市内からバスでホアルー(ニンビン省)に移動し、ホアルー市内のホテルでバイクを借りて翌朝約60キロほどの胡朝の城塞(タインホア省)に向けて出発しました。下はホアルー市内からの写真です。

道は広く走りやすかったですが、結構トラックが多かったです。

街を出てしばらくすると平和な田舎道にはいります。

着きました。前のゲートでチケットを買いバイクまま入ります。

正面が南門です。

城塞の向こう側に北門が見えます。

 

南門を内側から撮りました。

地図です。あとは壁に沿って小道があるので時計の反対回りでぐるっと一回りします。東門からは中を入り北門に向かいました。

南門から東門までの道

東門です。

ここから中に入ります。

内部の道は地元の住民が普通に使っています。

内部にはハスの花の池があります。

城塞の中心部から南門を撮影した写真です。

ここに龍の石造彫刻があります。少ない見どころの1つです。

下は頭部分ですが、博物館に展示されています。

上の龍を見終わったら北門から再度外壁を逆時計回りします。

西門の外側です。この付近は旧市街があったようです。

古い家です。100年ぐらい前のものだと思います。

管理人がどこかに行っており外から撮影しただけです。

その後、西門からスタート地点の南門まで外壁を伝って戻り、最後に博物館を見学しました。

下が胡朝の城塞の見どころです。

内部にはこの城塞で出土した14世紀〜15世紀の遺物が展示されています。下はテラコッタ製ね鳳凰頭部です。

下は城塞中心部にあった龍石造の頭部分です。

夜はライトアップされるのかもしれません。

この城塞を作ったホー王朝時代(胡朝 1400年 - 1407年)の王(ホー・クイ・リー)の絵です。

早朝、ホアルーを出発する前に食べたBún Mọc(ブンモック)です。

その後、ホアルーに戻りニンビン博物館に行きました。翌日はホアルー市内を少し回ったので写真を掲載しておきます。ホアルー周辺は世界遺産の街で自然や豪華なお寺等、多くの観光スポットはありますが、私が唯一おすすめできるのが下のビックドン寺(Bich Dong Pagoda)です。

階段で登っていきます。

中腹の洞窟前の寺院,左側が洞窟入り口です。

洞窟を出たところです。

ここからまた上がっていきます。

見学出来る一番上の祠です。

また下って行きます。

その翌朝、列車でニンビン駅から次の目的地ナムディンに移動しました。またいつか続きを書きます。