タイ骨董日記

タイ、ベトナム、東南アジア初期ヒンドゥー美術、仏教美術、お守り・プラクルアン情報。東南アジア在住 Copyright (C) 2006-2026 thaikottou. All Rights Reserved.

タイルー族の故郷ムアンヨーン(シャン州)

久しぶりこの写真をアップします。2014年10月にはじめてミャンマーシャン州のムアンヨーンを訪れた時に撮った写真です。気に入っていた写真で以前長い間(9年ほど)ブログのヘッダー写真につかっていました。その後現在のアンザン省クメール族の村の写真(写真上)に変更して2年半ほど経ちます。

久しぶりにこの写真にアップした訳は、先日、タイのデパート内のコーナーでミャンマー・シャン州チェントゥン(チャイントン)の風景をテーマにした小さな絵画展が催されていて眺めていましたら、その中に下の水彩画を見つけたからです。

写真とほぼ同じ構図のムアンヨーンの町のメインストリートの画です。まっすぐ進んだ突き当たりはワット・ホアクアン寺院です。

本堂のご本尊の前には素晴らしいランナー時代の青銅仏が祀られています。チェンセーン・ファン様式に似ており16世紀頃のものだと思います。

もう12年前ですが、ムアンヨーンに到着した日は運良くオークパンサー(出安居)の前日で夜はムアンヨーン中心部の寺院で出安居を祝うお祭りを見ることが出来ました。

翌日はムアンヨーン周辺の村の寺院でオークパンサーを祝う行事を見てまわりました。

ムアンヨーンは中国側の西双版納(タイ族自治州)から移り住んだタイルー族の町でムアンヨーン周辺には小さな村が点在しています。

当時タイ北部メーサイの国境からタキレック(タチレク)に入り、ムアンヨーンには2度行きました。山頂の仏塔プラタートルアン・チョムヨーンや周辺の村等いろいろと行き写真を撮りましたが今の携帯に当時の写真はほとんど入っていないので以上です。

またいつか行ければと思っています。X(旧Twitter)の方のヘッダー写真は先ほどムアンヨーンの写真に変更しました。https://x.com/thaikottou

ランナー木製仏(タイルー様式)

先日、もう1点タイ北部ランナー木製仏を手に入れました。こちらもナーン県から来たものです。台座は欠損していますが迫力ある像です。顔の表情(形状)が特徴的で威厳に満ち、優しい雰囲気も感じます。元オーナーによると仏像の由来歴(言い伝え)はもともとチャオ・スモン(19世紀初めのナーンの君主)所有の寺院から来たとのこと。タイルー様式だと思います。

下はナーン県北部にあるワット ノーンブア寺院(タイルー族の寺)本堂のご本尊です。

手前には大型の木製仏が祀られています。

写真を並べて比較してみました。全体的なスタイルやバランスは似ています。顔の違いは仏像のモデルによるものだと思います。この2体の仏像を例えると左側は若い王子、右側はその父親(王)がモデルになったと言ってもいいかもしれません。

次はパヤオ県チェンカム郡にあるワット セーンムアンマー寺院の写真です。約8年半前(2018年)に行った際に撮影した写真です。ここもタイルー族の寺です。

このご本尊と比較してみました。

ご本尊は衣を着ているので顔だけの比較になりますが美術様式は近いと思います。この寺院の敷地内にタイルー文化の展示室(博物館)があります。

ここに素晴らしい木製仏が展示されています。

左下を拡大した写真です。

左下の木製仏と比較した写真です。バランスや雰囲気が結構似ていると思います。

由来通りであれば手に入れた仏像の年代は19世紀初めごろのものだと思います。いずれ台座をつけて自立できるようにするつもりです。チェンカム郡ワット セーンムアンマー寺院の展示室は以前記事にしているのでリンクを貼り付けておきます。木製仏と共に展示されているチェンカム郡で出土したチェンセン・パヤオ様式の石仏や青銅仏の頭部等の残欠の写真も載せています。https://thaikottou.hatenablog.com/entry/2018/01/28/215111

最近ナーンのものと縁があるのでまた行けたらとおもっています。遠いですけど。ふー。

チェンセーン青銅仏 ナーン様式

チェンセーン・ナーン様式の青銅仏を手に入れました。高さが9センチほどの小型の青銅仏ですがとても存在感があります。

いい表情をしています。首が少し長く、スタイルなども女性的な美しさを感じる像です。材質は黒いパティーナに覆われたブロンズで台座内側以外はソリッドなのでズッシリと重さがあります。

台座には古代ランナー文字が刻まれています。青銅の表面の質感が素晴らしい。

なかなかないものだと思います。年代は17世紀後半〜18世紀頃か?優美なアユタヤ美術の影響も受けているようにも見えます。もう少し追究していきたいと思っています。

お守り、仏像コンテスト(2026年 7月 5日・ナコーンラーチャシーマー)

2026年7月21日更新(写真追加)

約2年ぶり、本当に久しぶりにお守りコンテストに行ってきました。場所はナコーンラーチャシーマー(コラート)です。バンコクからはバスで約4時間ほどのタイ東北部(イサーン)の玄関口と言われる大都市です。久しぶりにきました。今回このコンテストに来た理由は今年入手したドヴァーラヴァティー期塼仏の出品項目にあったからです。ということでがんばっていってきました。

日曜日ですがかなりの人です。土曜日はこれ以上の人だったようです。

ますば有名目利きのプラクルアン展示コーナーに行きました。重鎮のトイ氏とサマーン氏2名の雲上級のお守りコレクションです。

大盛況でした。

私もじっくり見たり、写真を撮ってきました。下はプラ・スンコーです。

プラロート・ワットマハーワン、

プラルアン・ユーン(宝冠立像)です。

次は東北部出土のドヴァーラヴァティー期の塼仏コーナーです。マハーサラカム県やコンケン県からこられた有名目利きらのコレクションです。下の写真はナードゥン出土の塼仏の完品で、しかも衣部分に当時の朱色の塗料が塗られている貴重なものです。

マハーサラカム、ロイエット、ナコーンラーチャシーマー県出土のドヴァーラヴァティー時代のナーガ仏の塼仏コレクションです。

下は大型の塼仏の完品に近いものです。

下はナードゥン出土の大型の立像の塼仏です。とても貴重な型です。私も頭部周りの残欠をもっています。

下の立像の塼仏も同じマハーサラカム県出土のものですが、ナードゥン郡の南側、ブリラム県、スリン県の県境に近い古代エリアから出土した塼仏です。今回私はこの塼仏の上半身残欠を出品しました。

会場に出展していたステンレス製のケース屋です。なかなか質が良かったのでいつか利用したい店です。

仏像のコンテスト出品ブース前で人だかりが出来ていました。

見に行くとこの2メートル超の木製仏を出品する方がいました。項目にないということで受け付けられていませんでした。審査員たちも苦笑いしていました。

出品は14時に締め切られ、その後審査が始まり、早い部門ではお守り返却は15時から少しずつ始まります。写真下は審査員らによるお守りの審査の風景です。

審査後のお守り、仏像の返却(結果発表)です。

ということで私の塼仏は無事2位をもらい、約2ヶ月後ぐらいに入賞証明書が発行される予定です。このドヴァーラヴァティー期の大型の立像の塼仏は出土した枚数が本当に少ない塼仏でそのおかげで上半身残欠でも無事入賞することが出来ました。その下の写真は参考ですが同出土地同型の下半身部の塼仏残欠です。

出品したお守り、仏像はだいたい夕方16時すぎには返却が終わりますが、バンコクや首都圏のより規模の大きな大会では17時頃までかかるので他県から来られた方はコンテスト当日中に帰宅が間に合わない場合があります。仏像、お守りコンテストに項目のあるお守り、仏像の場合、コンテストに出品し入賞するともらえる証明書はとても魅力的です。しかしコンテストの実施場所にもよりますがこのように最低でも丸一日〜2、3日(前泊や当日帰りのバスや飛行機がなく宿泊した場合)の時間や労力を要します。それらを考慮してもコンテストの入賞証明書はとても価値あるものたと思います。数えてみたら2015年から今回のコンテストまでを含め合計41回コンテストに参加していました。またいつかタイミングが合えばと思っています。以前、証明書について書いた記事のリンクを貼りつけておきます。参考にしてください。https://thaikottou.hatenablog.com/entry/2018/07/16/163923<追記>2026年7月8日 今回出品したのは上半身残欠ですが同型の下半身残欠(写真下)を博物館展示品と比較してみました。

写真下は昨年、ナコーンラーチャシーマー県 ワット タンマチャク セーマーラーム寺院のドヴァーラヴァティー時代の涅槃仏土台下から出土した遺物一式です。現在ピマーイ国立博物館に展示されています。

その中に立像下半身残欠の銀製プレートがあります。

マハーサラカム県出土の下半身の写真と並べて比較してみましたが美術様式はとてもよく似ています。年代も博物館に記述されている8〜10世紀(銀製プレート)とほぼ同時期のもので間違いないと思います。以上

<追記>2026年7月9日 この出土地のものは本当に少なく残欠だけでも貴重なものです。写真下は同出土地同型の頭部+光背の残欠ですが運良く昨年コンケンのコンテストで1位になっています。コンテスト出品の常連コレクターが状態の良いコレクションを出品しなかったのでしょう。頭部残欠でも入賞証明書が発行されています。貴重なドヴァーラヴァティー期 9世紀前後の塼仏です。これだけでも材質等かなり勉強できます。

<追記>2026年7月13日 こちらもピマーイ国立博物館に展示されている昨年同県のワット タンマチャク セーマーラーム寺院のドヴァーラヴァティー時代の涅槃仏土台下から出土した銀製プレートです。

そしてこちらも同県出土のブロンズ製のプレートです。サイズは結構あります。

2点の写真を並べて比較してみたものです。造りは異なりますが美術様式は近く、足の表現等もよく似ています。参考まで。

<追記>2026年7月21日 下はバンコク国立博物館に展示されている大型のドヴァーラヴァティー青銅仏(写真右側、8〜9世紀)です。この青銅仏と塼仏の写真を並べて比較してみました。

美術様式はよく似ています。年代も近いものです。参考まで。

 

ナムディン省博物館(現ニンビン省)

ホアルー(ニンビン省)滞在後に列車でナムディンに来ました。以前よりベトナム北部への旅の目的の1つに紅河デルタと呼ばれるハノイ周辺の経済都市を回ることを念頭にしてました。ハノイ市、ハイフォン市、今回はニンビンと次に目指したのがナムディン市です。昨年ナムディン省は省統合されニンビン省なりました。ナムディンは海までも遠くないので今回は海と博物館を見にきました。このナムディン省博物館(現ニンビン省博物館)ですが期待していた以上に素晴らしい博物館だったので記事にします。

まずは先史時代の土器、石器、鉄器からはじまります。

土器です。

その次の大部屋からが有史時代なのですが、ここに驚かされる展示品がありました。

ここに一点のみナムディン省で発見された唐様式(9世紀)と記載された仏像(石製)がありました。北部ベトナムでこのような古い時代のものが拝めるとは思いませんでした。素晴らしい像でおそらくですがアンコール・ボレイ様式(プレアンコール期 7〜8世紀)のものではないかと思います。いいものを見せてもらいました。

次は11〜13世紀頃(李朝時代)のコーナーです。

まずは中央の大型の石仏(李朝時代、12世紀)です。ベトナムの国宝です。

お顔はタイ北部の同時期頃のハリプンチャイ期の仏像とも共通するものがあります。

台座の蓮の葉部分には龍の細かく彫られています。

同時代のテラコッタ製の彫刻品

こちらも同時代(12世紀)のもので国宝です。

クメール様式のアプサラにも似ていますが顔は異なります。おそらく同時期頃のチャンパ美術の影響を受けていると思います。

次は陳朝(13世紀〜14世紀)のコーナーです。

この龍の彫刻の扉(木製)も同時代13世紀のものです。

踊り子の木製彫刻 13世紀〜14世紀です。

同時期の皿です。

次はレ・ロイ朝(15世紀〜16世紀)の部屋です。

この龍の壺、カッコいいですね。14〜15世紀

16世紀

17世紀後半〜18世紀。木製彫刻。同時のタイ、ビルマにも共通する美術ですね。

大きな博物館で3階建てです。展示品も多く本当に素晴らしい博物館です。ベトナム北部ではハノイの国立歴史博物館(改装中)に次ぐレベルでおすすめです。

夕方のナムディン中心部のヴィスエン湖周りの公園です。

ナムディンは牛肉フォーの発祥の地です。

別の日仁ナムディン市内から40キロほど離れた海岸沿いにバイクで行ってみました。そこに古びた教会跡(観光スポット)がありその周りにシーフードレストランが集まっています。

なかなか雰囲気のいいところでした。

2026年上半期は記事はこれで終わりです。

胡朝の城塞(タインホア省)

先週、ベトナム北部に行ってきました。今回の目的は世界遺産の胡朝の城塞(ホー王朝の城塞)に行くことです。14世紀末に完成した石造りの城塞です。まずはハノイ市内からバスでホアルー(ニンビン省)に移動し、ホアルー市内のホテルでバイクを借りて翌朝約60キロほどの胡朝の城塞(タインホア省)に向けて出発しました。下はホアルー市内からの写真です。

道は広く走りやすかったですが、結構トラックが多かったです。

街を出てしばらくすると平和な田舎道にはいります。

着きました。前のゲートでチケットを買いバイクまま入ります。

正面が南門です。

城塞の向こう側に北門が見えます。

 

南門を内側から撮りました。

地図です。あとは壁に沿って小道があるので時計の反対回りでぐるっと一回りします。東門からは中を入り北門に向かいました。

南門から東門までの道

東門です。

ここから中に入ります。

内部の道は地元の住民が普通に使っています。

内部にはハスの花の池があります。

城塞の中心部から南門を撮影した写真です。

ここに龍の石造彫刻があります。少ない見どころの1つです。

下は頭部分ですが、博物館に展示されています。

上の龍を見終わったら北門から再度外壁を逆時計回りします。

西門の外側です。この付近は旧市街があったようです。

古い家です。100年ぐらい前のものだと思います。

管理人がどこかに行っており外から撮影しただけです。

その後、西門からスタート地点の南門まで外壁を伝って戻り、最後に博物館を見学しました。

下が胡朝の城塞の見どころです。

内部にはこの城塞で出土した14世紀〜15世紀の遺物が展示されています。下はテラコッタ製ね鳳凰頭部です。

下は城塞中心部にあった龍石造の頭部分です。

夜はライトアップされるのかもしれません。

この城塞を作ったホー王朝時代(胡朝 1400年 - 1407年)の王(ホー・クイ・リー)の絵です。

早朝、ホアルーを出発する前に食べたBún Mọc(ブンモック)です。

その後、ホアルーに戻りニンビン博物館に行きました。翌日はホアルー市内を少し回ったので写真を掲載しておきます。ホアルー周辺は世界遺産の街で自然や豪華なお寺等、多くの観光スポットはありますが、私が唯一おすすめできるのが下のビックドン寺(Bich Dong Pagoda)です。

階段で登っていきます。

中腹の洞窟前の寺院,左側が洞窟入り口です。

洞窟を出たところです。

ここからまた上がっていきます。

見学出来る一番上の祠です。

また下って行きます。

その翌朝、列車でニンビン駅から次の目的地ナムディンに移動しました。またいつか続きを書きます。

コンバウン王朝期の青銅仏

何十年も前(西暦2000年以前)ミャンマーとの国境があるタイ最北の町メーサイ(チェンラーイ県)にミャンマー、シャン州からかなりの数の青銅仏、木製仏、仏陀ストーリーシリーズ等がタイ側に入って来ました。タイ北部に住むタイ人はそれらはほぼ何でもシャン又はタイヤイの仏像と呼び、それよりも新しいものはマンダレーのものと呼んでいました。ミャンマーのシャン州にはタイヤイ族やタイルー族が住んでおりタイ北部のタイ人にとって彼らは同じランナー文化圏の民族です。だからかもしれませんが彼らはミャンマーからきた仏像をシャンの仏陀と呼び、その美術をシャン美術と言います。しかしタイの仏像同様、ミャンマーの仏像も時代名を入れて呼ぶべきなので、シャン様式の仏像はコンバウ王朝時代(18世紀後半〜19世紀)の仏像と呼ぶのが正しいと思います。また当然ですがシャン州以外でも作られています。

この3点はミャンマーとの国境があるメーソート(タイ中北部ターク県)からタイ側に持ち込まれたコンバウ王朝時代の小型の青銅仏(仏陀ストーリーシリーズ)です。

おそらくパゴタ内部に奉納されていたものです。通常これら小型の仏陀ストーリーシリーズの台座部分は薄く、またライフツリーと呼ばれる頭部先端部は細く壊れやすいので発掘時(又はパゴタ倒壊時)に既に破損してていたりします。まあこれは仕方ないと思います。この3点も台座は破損したり曲がっていますが仏像部分は破損はなく残っていたので購入しました。眺めたり、ルーペで青銅の材質感をみたり勉強出来ます。展示方法は悩むところですが、今のところランナーの古布の上に寝かしておいています。

タイ国境メーソートのミャンマー側はミャワディですがそこはカレン州です。そこからモーラミャインに行けますがそこはモン州です。ミャワディからシャン州は離れているので、この3点はおそらくカレン州かモン州辺りにあったパゴタに奉納されていたものではないかと推測しています。

チャンパーサック王国の遺産(その12)

ラオス南部サラワンの洞窟で見つかったワーン製の塼仏(上半身残欠)です。奥行きのある立体的な造りの塼仏で顔はでラーンサーン様式です。ひび割れや朱色のチャートがリアルでクラシック感があります

おそらく菩薩だと思いますがヒンドゥー神のような雰囲気もあります。チャンパ美術かカンボジア美術の影響を受けているからかもしれません。年代的にはラーンサーン末期 18世紀ごろのものだと思います。ケース入れ完了しました。

<追記>こちらも同じサラワン県の洞窟から見つかったワーン製の塼仏片(頭部残欠)です。材質感がよく似ています。

ランナー木製仏(ナーン様式)

久しぶりにランナー木製仏を入手しました。最初、このランナー木製仏を見た時にどこかで見たことがある木製仏だなあと思いながら、顔が特に気に入り交渉し手に入れました。その後少しして、この仏像がかなり以前から知っている(寺院の展示室に展示されている)木製仏に似ていたことに気づきました。

下の写真はチェンラーイ市内中心部のワット プラケーオ チェンラーイ寺院の敷地内にある展示室(宝物館)2階で撮影したものです。この宝物館には仏像がかなり展示されているのですが、写真下の棚にはランナー様式の木製仏だけが集められています。その中央の大型の木製仏です。修理は少しされていますが素晴らしい木製仏でいつもここに来る度にいいなあと思いながら眺めていました。

写真下はこの棚の下部分の写真です。こちらも結構大型のものでタイルー様式だと思います。

写真下からは棚中央の木製仏と入手した木製仏の写真を並べて比較してみたものです。頭部だけでなく体型や全体のバランスもよく似ていることが分かります。

斜めからの比較です。両者の大きさははまったく異なりますが比較すると造り、スタイルもよく似ています。

頭部、表情。眉、耳、頭部の輪郭等の比較

横顔、輪郭、耳の比較

<追加>背面の比較

入手したランナー木製仏はナーン市内中心部からきたものでランナー期ナーン様式と呼ばれるものだと思います。ナーン県とチェンラーイ県の間にはパヤオ県がありますが3県ともラオスに接しています。比較した結果、両者の美術様式がかなり近く、もともとは同工房で作られたものか、又は同仏師作の可能性もあると思います。しかしそれ以上のことは分かりません。年代は19世紀頃のものと思います。

招き女人像 ナーンクアック(木製)

古い木製の招き女人像(ナーンクアック)を手に入れました。とてもかわいいです。

材質の木は完全に乾いているようでとても軽いです。でもしっかりとしています。使用木材がきめ細かいような気がします。下は写真屋(スタジオ)で撮影した写真です。

下の写真は脇下から腰の部分のアップです。少しピンク色がかった白い粉のような物がこびり付いています。

次は後ろ側の凹部分(脇下から腰部)のアップです。こちらも同様の状態です。このお守りはクルアンラーンを専門にするお守り仲介人から購入したのですが、彼によるとこの白い物は石灰だろうとのこと。昔、噛みタバコ(ビンロウの実)をする際に使用する石灰ペーストなどが入った容器に(おそらく御利益を得る為に)このナーンクアック像が入れられていたのではないかとのことです。石灰の少し赤みがかった色はビンロウの実の色から来たもののようです。

お守り表面を見てもこのお守りが使われてこられたことが分かります。また注目すべきはこのナーンクアックの後ろ姿がパラキック(男根型のお守り)のように見える点です。

このような特徴的な形状のナーンクアックはパラキックのお守りで有名な高僧トップ5の1人、ルアンポー・ルア(仏暦2405-2488年、ワット サーオ チャゴーク寺院)作のものとのことです。もし高僧のものだとすると80〜90年前のものになります。確かにそれぐらいの古さはありそうです。高僧が発行のものかどうかの真偽は分かりませんがこのナーンクアックが実際に使われてきた古いものということは確かなので購入してみました。写真のように合うケースが見つかり保管も完璧です。ご利益がありますように!